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『天使がくれた時間』
2007-05-14 Mon 01:59


『天使がくれた時間』

2000年/アメリカ
監督: ブレット・ラトナー
出演: ニコラス・ケイジ, ティア・レオーニ, ドン・チードル, ジェレミー・ピヴェン

ストーリー:
「たとえ100年離れていても僕は変わらない」と恋人のケイトに誓い、ロンドンに旅立つジャック。
彼の描いた成功とは、ウォール街で成功を収めること。そのときがふたりの人生の分かれとなった。
その後、ウォール街で成功を収め、住まいは最高級マンション、車はフェラーリと優雅な独身生活に満足していた。
あるクリスマスイブのよる、黒人青年キャッシュと遭遇。そして彼とある取り引きが成立した。
その時彼は謎の言葉を残す。それは「これから起こることは、あんたが招いたことだ」と…。
その翌朝、彼を「パパ」と呼ぶ見知らぬ少女の喚声で目を覚ます。そして横にはなんと13年前に別れたはずのケイトが!!
“なぜ?”状況がわからず困惑するジャック。そこにフェラーリに乗ったキャッシュが現れる。
「自分で答えを出すんだ」彼はそう言い残し立ち去ってしまうのだった。
果たして何が現実なのか? そしてケイトと子供たちとの生活はいつまで続くのだろうか?
別の幸せを見出したジャックの前に、また再びキャッシュが現れる日が…。

監督はパブリック・エネミー、マライア・キャリー他、数々の有名アーティストのビデオを手掛け、
20代でハリウッド界入りを果たしたブレッド・ラトナー。
「ジャック・キャンベルを演じるために生まれてきたようなものだよ」と彼が絶賛するのは、
主演のニコラス・ケイジ。どんな現実離れしたシチュエーションでも自然に演じてしまう
彼の才能・存在感が伝わってくる。そしてその相手ケイト役には、『ディープ・インパクト』等で
注目を集めたティア・レオーニ。コメディと感動的な2つの側面を織り交ぜ、微妙なタイミングを
うまく計りながら、ジャックとケイトのふたりの微妙な関係をうまく演じている。
この映画では2つの全く異なる生き方を提案しながらも、どちらがより理想的な生き方なのか判断は下していない。
むしろそれぞれの生き方を掘り下げ、ちょっと思い切って別の道を選択することにより何もかもが
変わってしまう…。という双方の生き方を疑似体験してもらうことが狙いのようだ。


よい作品でした。
実は私はあまりニコラスケイジが好みではないのですが、とても好印象に映りました。

人生の選択は誰でもいつも迫られている、そして選択していると思いますが、
自分が望んでいる人生だと思っていた結末が
本当は別の形であったかもしれないという話です。

面白いのは、主人公のジャックはこれまで歩んできた人格のままで
別世界のもう一人の自分になるということ。
そして、その世界がずっと続くのではなく、元の世界に戻ること、
でも別世界の経験と感覚は携えているということだと思います。

自分が選ばなかった人生の経験をすることで、
元の世界に戻ってきたジャックの中で、大切なものがガラリと変わっているのが
よく分かります。
そんなことは本来はありえないのだけれど、でも自分にとって何が一番大切なのかを
考えるときをもらったように思います。
だからといって重たい雰囲気もなく。
天使のキャッシュが所謂天使らしくなくて面白いです。

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「THE MISSION」
2007-02-03 Sat 03:36
ミッション ミッション
ロバート・デ・ニーロ (1998/12/18)
ハピネット・ピクチャーズ
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監督:ローランド・ジョフィ
製作総指揮:デビッド・パットナム
音楽:エンニオ・モリコーネ
キャスト
ガブリエル神父:ジェレミー・アイアンズ
メンドーサ:ロバート・デニーロ
アルタミラーノ枢機卿:レイ・マカナリー
メンドーサの恋人:シェリー・ルンギ
宣教師:リーアム・ニーソン
メンドーサの弟:エイダン・クイン

ストーリー:
1750年ごろ、スペイン統治下のパラナ川上流域では、キリスト教の布教が険しい地形とジャングル、そして剽悍で誇り高い先住民グアラニー族の抵抗に阻まれ、多くの宣教師が命を落としていた。
こうした中、宣教師として現地に送り込まれたガブリエル神父は、「音楽」を共通の言葉としてグアラニーの民の心をつかんでいく。

一方、同じスペイン人植民者でありながらガブリエルとは犬猿の仲であった、軍人で奴隷商人のメンドーサは、許婚の女性をめぐるいさかいから自分の弟を誤って殺してしまい、一時は生ける屍のようになるが、ガブリエルのすすめで改悛、イエズス会に入会し、以後ガブリエルの指揮する布教活動の有能なスタッフの一人となった。

グアラニー族への布教は急速に成果を上げていくが、農場での収益を平等に分配し、逃亡した先住民奴隷を惹きつける布教区は、植民地社会の有力者にとって次第に疎ましい存在となっていった。そのような折、スペイン・ポルトガル両国によって南米領土の国境線引きが行われ、イエズス会布教地区はポルトガル領に編入、先住民には布教村からの移動、宣教師たちには退去が命じられた。
だが宣教師たちはこれに背いて先住民と行動を共にすることを選択。
植民地当局の軍隊が迫る中、ガブリエルが村人たちとともにミサを守る一方、メンドーサは宣教師のおきてにあえて背き、一度捨てた剣を再び取り、グアラニーの男たちとともに戦うことを決意する。


タイトルに惹かれてレンタルしてきました。
私はキリスト教のことは詳しくは分からないので、知っていたらもっと深く感じることが出来たのだろうと思いましたが、それを抜きにしてもいい映画でした。

流れは前半と後半があって、前半はデニーロ演じるメンドーサがイエズス会に入会するまで、後半はイエズス会とポルトガル、スペインとの領土の戦い。

私が一番感動したのは、メンドーサが誤って弟を殺してしまった
罪の重さを悔いて尚生きる道を選んだ時、自らにその重荷を課して
滝を登ります。そしてグアラニー族の住む場所までたどり着いた時、
かつてメンドーサ自身が仲間を連れ去ったり殺したりしたグアラニーの
一人に、その重荷を解かれることによって赦しを得、救われるという場面です。
この滝を登り、山を登るところはほとんどセリフはありませんし、
グアラニーのセリフに訳はついていないのですが、
「あぁ、人ってこうやって赦されるんだなって、
生きていていいんだと誰かを通してメッセージをもらうんだな」と
すごく感動しました。

そんなメンドーサを導くガブリエル神父も格好よかったです。
真摯で力強くそれでいて静かさを湛えていました。
最後にはそのガブリエル神父の説く神の愛と
メンドーサの剣とどちらが正しいのかというニュアンスになりますが
どちらもグアラニー族を守りたかったという点においては変わらない。
でも神父の「力が正しいのであれば、この世に愛は要らなくなる」というセリフが印象的。
それは今の時代も、というかいつの時代もぶつかっている壁のような気がしました。


グアラニー族のセリフは字幕がないので何も分かりませんが、それが臨場感あっていいと感じました。
またニューシネマパラダイスの音楽でも知られるエンニオ・モリコーネの音楽も素晴らしいです。

返却する前にもう一度観るような気がします。



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『シンデレラマン』
2007-01-23 Tue 02:24
シンデレラマン シンデレラマン
ラッセル・クロウ (2006/01/25)
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
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監督:ロン・ハワード
脚本:アキバ ゴールズマン
製作:ブライアン・グレイザー 、ロン・ハワード 、ペニー・マーシャル
出演者:ラッセル・クロウ
レニー・ゼルウィガー
ポール・ジアマッティ

作品紹介
前途有望なボクサーでタイトル奪還が目前に迫るジムは、美しい妻と3人の子供と幸せに暮らしていた。
しかし、1929年右手の故障がきっかけとなり引退を余儀なくされる。時を同じくして、
アメリカを大恐慌が襲い経済が破滅。人々は職を失い、生活が困窮し、
国中に溢れる失業者の1人となったジム。男達はプライドを失い、自分自身を見失っていた…絶望の淵に立たされたがジムは諦めなかった。全てを失った今となっては家族だけが全て。そんな時、ボクサー時代のマネージャーが新進ボクサーとの試合話を持ち掛けてきて…。

「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード監督×ラッセル・クロウが再びタッグを組んだ今作は、
感動のシンデレラ・ストーリーを描く。
モデルは、実在のボクサー ジム・ブラドック。
ひたむきに家族の幸せを願い、命を懸け闘い続けた男―奇跡的な復帰を成し遂げ、
後に“シンデレラマン”と呼ばれることになる。伝説のボクサーと家族との絆を描いた感動の実話!



昨年末に見ました。
よくオススメ映画としてタイトルは聞いていたのですが、
シンデレラと言う言葉がロマンチックで、手に取らなかった1本。

でも観てみたら、コテコテのスポーツドキュメンタリー風の映画で驚きました。
こんなボクサーが実在したことにまず感動。
彼にとってボクシングはスポーツであってそうではなかっただろうと思います。
背負っているものが大きい。
家族、地域、時代・・・それらに、そして自らに希望を信じる力を勇気を与えた人だったのではと思いました。

一人の人間の持っている力がこれほどまでに人々に響いていくことに感動しました。
彼は皆の希望だった。皆自身だったのだと思います。
ただ家族を守りたい、愛する人たちを守るために戦ったジムの姿に感動しました。

DVDでは、やむなくカットせざるを得なかったシーンも監督の解説付きで付いていますので
それを観るとまたいっそう印象が深まるかと思います。
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『銀色の髪のアギト』
2007-01-21 Sun 01:40
銀色の髪のアギト 通常版 銀色の髪のアギト 通常版
杉山慶一、 他 (2006/06/23)
メディアファクトリー
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[監督] 杉山慶一
[脚本] 椎名奈菜
[声] アギト:勝地涼
トゥーラ:宮崎あおい
ヨルダ:古手川祐子
[ストーリー]
月面から樹木が巨大化し、龍のような怪物となって地球に襲いかかる。
爆発による激しい閃光が地表を包んで、未曾有の大災害が地球全土を覆う。
遺伝子を操作して植物をあやつろうとした人類の愚かな計画の失敗から、やがて300年の歳月が流れた・・・。

 "森"が意思を持って人を襲うようになってしまった地球で、
人類は森と共生しようとする人々と、森と敵対する人々とに分かれて生き延びていた。
森との共生を模索する『中立都市』に暮らすアギトたちは、
そんな荒れ果てた環境にもめげずに、たくましく愉快に暮らしていた。
ある日、アギトは親友のカインとともに、踏み入れてはいけないと言われている泉に
水を汲みに出かける。そこで不思議な光を放つ機械を発見した彼は、その中から現れた
美しい少女トゥーラと運命的に出逢う。
彼女は300年もの間、眠りについていた過去の人間だった。
 中立都市に滞在することになったトゥーラは、変わり果てた世界に激しい衝撃を受ける。
崩壊したビルに居を構え、電気も水道もなく、泉まで水を汲みに行かなければ
ならない生活は、文明社会から来た彼女を困惑させた。
中立都市の人々は彼女に優しく接してくれるが、森林が獣のように襲いかかって来たとき、
ついにトゥーラは感情を爆発させてしまう。
 そんなとき、森と敵対している都市・ラグナから、やはり過去から来たという男・
シュナックが現れた。彼は、トゥーラが世界を正常化する装置の鍵を握っていると
告げて彼女を連れ出してしまう。だがその使命には、大きな危険がともなっていた。
そんなトゥーラを救うために、"森"と契約して禁断の力を手に入れ"銀色の髪"に変わるアギト。
ふたりを翻弄する<使命>と<禁断の力>は、謎に満ちた物語をどこへ導くのだろうか?


前から気になっていたのですが、ずっとレンタル中で借りれなかった映画です。

オープニングの作り方はすごくよかった。
曲も言葉の置き方も龍の出方も。

ストーリー全体で伝えたいことは、自然と人の共存なのかなぁ。
あとは今の現実を受け入れて、自分にも出来ることがあるということ。

森が人間を支配している設定や
その森をさらに力で押さえつけようと考える人間の設定、
過去と現在のつながり、闇の人間など面白いところも多かったけど
最後はスッキリしない感が残ってしまいました。

アギトたち「強化体」になったメンバーの使命とかはたらきぶりが
いまひとつ見えなかったこと。
森の意識、双子の森の精のような存在の背景や意識。
若干、背景の説明不足感あり。
トゥーラのお父さんの研究だったのは分かるけど、
それを実施しようとした気持ちと、やめて止めに戻った気持ちの変化など。
森が龍になって襲うという設定は面白かった割に
その落としどころもなかったなー。

環境破壊へのメッセージを感じる近未来アニメという感じでした。
全体的にはよく出来ていると思います。

声は勝地くんや宮崎あおいさん、古手川さんなど有名な方々。
オープニングの幻想的な曲はとても印象的で好きです。



公式サイト:http://www.gin-iro.jp/
Yahoo特集ページ:http://gin-iro.yahoo.co.jp/

劇場アニメーション「銀色の髪のアギト」オリジナルサウンドトラック 劇場アニメーション「銀色の髪のアギト」オリジナルサウンドトラック
サントラ、KOKIA 他 (2006/01/07)
ビクターエンタテインメント
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銀色の髪のアギト 銀色の髪のアギト
飯田 馬之介、宇本 京平 他 (2005/11)
メディアファクトリー
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『硫黄島からの手紙』
2006-12-15 Fri 20:48






硫黄島からの手紙 オリジナル・サウンドトラック / サントラ

栗林忠道 硫黄島からの手紙 栗林忠道 硫黄島からの手紙
栗林 忠道、半藤 一利 他 (2006/08)
文藝春秋
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『硫黄島からの手紙』
公式サイト:http://wwws.warnerbros.co.jp/iwojima-movies/

監督:クリント・イーストウッド
脚本:アイリス・ヤマシタ

栗林忠道中将:渡辺謙
西郷:二宮和也
バロン西:伊藤剛志
清水:加勢亮
伊藤中尉:中村獅童

封切日の深夜、オールナイトで観てきました。
これを観ようと思っていたわけじゃなかったのですが、
たまたまオールナイトになってしまったのです。

私、弱虫なのでこれまでほとんど戦争映画といわれているものを見ていません。
地獄の黙示録とかラストサムライとかシンドラーのリストとか
そういったものは観ておりますが、
心と現実が普段から遠い私にとって、それはひとつのドラマとして日常と切り離して
観てしまうんですよね。

でも、この映画は違いました・・。
Blogの記事を書こうとしたのですが、書く内容がまとまらなくて
今日まで途中で止まっていました。

恥ずかしながら、私は硫黄島の存在もそこで起きたことも知りませんでした。なぜ手紙なのかも・・・。
観た今では、渡辺謙さんが「この映画のタイトルはこれでなければならなかった」と
言ったのがよく分かります。

栗林さんは素晴らしい人だったのだろうと思います。
隊長としてはもちろん、人として。バロン西さんも。
悲しかったのは、伊藤中尉ですね。
自分を証明しようとすることを貫くことで自分を保とうとしたのかもしれません。
結果的にそれが部隊を迷走させ、彼は孤独になりました。
正義や自信ゆえの行動が虚しいというか切ないというか。
とても対照的でしたが、共感もしたというか、
人間のドロドロッとしたところが描かれていたように思います。


全体を通して時代の価値観というか、そのとき正しいと思い、
信じられているものの大きさ、強さを感じます。
今では誰もがありえないと思うことが正しいこととして在るということ。
それは誰が悪いとかではなく、全体を覆っているもの。

間違いだと知っていながらも命を潰えなくてはいけず
いつ、何が起こるか分からない極限状態で
その中で、人として、人間としてどう生きるのか、どう在るのか、
自分の中に響く声が聴こえるかどうか、
それにまっすぐに生きていけるのか。

ただ漠然とした誰か、ではなく
確かにそこに存在していたんだ
ということを感じる映画でした。
言葉にしづらいですが。
言えることは、虚しさ、やるせなさ、重さ・・・
そういったものだけが残るということ。
そこに希望や、笑顔や、明るさや、未来などなく、
争いとはそういうものだということです。




観た後、父親たちの星条旗も観なくてはと思いました。
どちらかだけでは偏ってしまうと思ったからです。
それ位、外国人監督とは思えないほど日本が描かれていたように思います。



参考サイト
硫黄島協会:http://www.iwo-jima.org/
硫黄島探訪:http://www.iwojima.jp/
硫黄島写真館:http://sk-photo.main.jp/ioujima/main.html
硫黄島玉砕:http://www.asahi-net.or.jp/~un3k-mn/hondo-iou.htm
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『ほしのこえ』
2006-12-11 Mon 21:38
ほしのこえ ほしのこえ
(2002/04/19)
ビデオメーカー
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http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/stars/index.html

制作:新海誠
音楽:天門
声の出演:篠原美香
唄:Low

第1回新世紀東京国際アニメフェア21・第7回アニメーション神戸・第6回文化庁メディア芸術祭・第8回AMD AWARD・デジタルコンテンツグランプリ2002受賞作品

携帯メールをモチーフとした、宇宙と地上にわかたれた少年と少女の超遠距離恋愛のお話。


レンタル屋さんで気になって借りてみた作品。
なんでも、すっごい評判だというようなことが書いてあったから。

すっごい短かった(笑)。
30分くらいで終わってしまってびっくり。
私はアニメはあまり見ないので、ロボットやらメカっぽいのは
よく分からないし、時代設定も今より50年位後のものだったので
近未来なんだろうな。

どんどん離れていってしまう恋人とメールのやりとりで
かろうじてつながっているような2人。
でもお互いを求める気持ちが、時空間を超えてひとつになる。
というテーマなのかなと思いました。
「私はここにいるよ」という想いでつながってるということ。

想いは、時間と距離を超える、という感覚には
ちょっと共感というか憧れ、かな。

これを一人で作成した新海さんはすごいですね。



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ボビー・フィッシャーを探して
2006-12-08 Fri 06:04
ボビー・フィッシャーを探して ボビー・フィッシャーを探して
ジョー・モントーニャ (2006/07/07)
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン
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監督 スティーヴン・ザイリアン
脚本 スティーヴン・ザイリアン
撮影 コンラッド・ホール
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演:マックス・ポメランク
   ジョー・マンテーニャ
   ジョーン・アレン
   ベン・キングズレー
   ローレンス・フィッシュバーン

チェスの天才ボビー・フィッシャーの再来を思わせる天才少年ジョシュ・ウェイツキンの成長を、
父フレッド・ウェイツキンが綴った同名ノンフィクションの映画化。


私自身は、ボビーフィッシャーはもちろんチェスのことも全然分かりませんが、
合間合間に説明を兼ねてフィッシャーの実際の姿がドキュメンタリー風に盛り込まれ、
なぜジョシュが、フィッシャーの再来といわれるのかが分かるようになっています。

この映画に流れているものは、チェスに限らず、スポーツでも楽器でも
何にでもあてはまるテーマのような気がしました。
天才と呼ばれる子供たちが大人になってもその力を発揮し続けるために、
いかに周りにいる大人たちが関わるか。
五輪や世界大会に出る選手も一流の演奏家でも、どの世界であれ
一流と呼ばれる人たち、トップに居る人たち。
どの人も最初はジョシュのように、好きで本能でやっていただけかもしれない。
その可能性を本当に開かせるために、導き手としての大人が居るということを描いています。
ジョシュのお父さんも、最初はひたすらに強くさせようとしますが、
だんだんとジョシュは楽しそうじゃなくなっていきます。
その姿をみて間違っていることに気づき、
ジョシュにチェス以外のことも沢山させ、人生を楽しませます。
そのことによってジョシュが元々抱いていたやさしさ、温かさがより深まり、
チェスのこともずっと好きでいることが出来ます。

ジョシュが自分はフィッシャーじゃないこと、
相手を憎むことは出来ないこと、
相手を軽蔑することは出来ないことをきちんと口にしているのが印象的でした。
同時に、勝ち続けることで負けることが怖くなり
その自分と戦う姿もよかった。
チェスを通して、彼は自分と戦ったのだと思います。


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