『拝啓 陶芸家様』2006-07-13 Thu 01:23
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そう思ったときでした 私は 自分の身体が ふわりと柔らかくふるえた気がしました あなたのまとう気配が その輝きを いちどにみしりと濃く深くしました つられて 洗濯物が風に乾くように 帳尻の合わないでいた心から 湿り気だけが飛ばされて 軽く地面を浮かび上がります 左の胸を温かい水が あふれてきました 起こっているのは いったい何ごとでしょう あなたは 集中を深めているだけなのに あなたの 土をいじる真剣さは 生まれくる器を待ちうける その丹念ないとおしみは 細かな金の粒子にかたちを変えて 私のありようの中心へと これでもかこれでもかと沁みてくる 私はますます安らかになって どこかにまぶしい場所があることを 信じられる気がしてくる 自分自身を辛くした 自信のなさを許してやれる気持ちになってくる 何時間が過ぎたでしょう とうとうろくろが止まりました 糸尻を切った 小振りの壷を両手に あなたが それまで聞いたこともないような 長くて深い呼吸を吐いたとき 私は うっとりと気が遠くなりかける そのゆるやかな放物線の途中で 突然 何もかもわかったのでした これは 祈り あなたが器を作ることは 祈ることでした 私の目のなかに 臨終の瞬間がよみがえりました そしてようやく 合点がいきました 私は 死んでいたのです 一週間後 焼き上がった壷の胴体には 涙のたまゆら模様が 今までで いちばん見事な流れ具合で 揺れていました 夕焼けが真っ赤に燃えて 工房のすみずみまで照らしていました あなたは 手にした器を照らす夕焼けを 今はじめて気が付いたように振り仰ぎ そのとたん 自分の目の際からつうっと落ちていく何かに 自分で驚いたような顔をしました あなたの仕事の本当の意味が 生きているうちにわからなくてごめんなさい 二度と迷わないで 私は逝ける あなた 私の骨壷 こしらえてくれてありがとう 覚和歌子著 『ゼロになるからだ』「拝啓 陶芸家様」より ・・・仕事が忙しくなって、毎日気持ちが張って 忙しくて元気である反面、誰にもわかってもらえてなくて 自分の居場所がないような。 それとは逆に時々心に光が射して、すぅっと癒されるような。 そんな様々な思いが募り巡るこのごろ。 今日は何か心が落ち着く言葉に触れたいと思って 久しぶりに覚さんの本を手に取りました。 この作品は、詩とも散文ともとれる長さで、 本当はもっと長いのですが、この本で一番好きな作品です。 その中の、私の好きな最後の部分だけを書きました。 死んでしまった奥さんがだんなさんへ 四十九日の法要のときにメールで送ったお手紙という設定。 だんなさんとのこれまでの人生について書いていて。 すれちがっていた毎日、だんなさんの素っ気無さ、 死んですぐに仕事をしたことへのやるせなさなどが 書かれたあとにくることばたち。 「これは祈り あなたの仕事の本当の意味が 生きているうちにわからなくて ごめんなさい」 ・・・私の人生の仕事はなんだろう。 探しているし、ほんのちょっとずつ近づいているとも思うけど 生きているうちに分かりたいなぁ。 今、頑張っていることを通して学ぶことは何だろう。 今、訪れていることは私に何を伝えているんだろう。 この先に何があるから、今私はこうしているのだろう。 「きみの住んでいるとこの人たちったら、おなじ一つの庭で、 バラの花を五千も作ってるけど、・・・じぶんたちが なにがほしいのか、わからずにいるんだ」と王子さまが言いました。 「うん、わからずにいる・・」とぼくは答えました。 「だけど、さがしているものは、たった一つのバラの花のなかにだって すこしの水にだって、あるんだがなあ」 「そうだとも」とぼくは答えました。 すると、王子さまが、またつづけていいました。 「だけど、目では、なにも見えないよ。 心でさがさないとね」 とは、星の王子さまの一節。
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